今から遡ること約19年前、私は音大に通う学生だった。
その時、私のアイドルはルチアーノ・パヴァロッティ、世界三大テノールの一人 “キングオブハイC” 世界最高のテノール歌手である。
彼が歌う “誰も寝てはならぬ” というアリアは、偉大なるイタリア人作曲家ジャコモ・プッチーニが書いたオペラ「トゥーランドット」の第三幕で歌われる、最も有名なテノールソロといっても過言ではない。
大学では声楽を専攻し、とにかく歌が上手くなりたくて毎日のように声楽曲やオペラアリア(ソロ曲のこと)を練習していた。
彼の様に輝かしい声で朗々と歌いたい、常にそう思っていた。
ただ私の音楽的ルーツは他の学生と少し異なっていて、たいていの学生は合唱団等のコーラス経験者であったり、クラシックが好きで音大を志すのだが、多感な10代を生粋のメタル少年として過ごした私は、大学入学後もやはりメタル好きで、ときおり新譜もチェックしたり学園祭ではディープパープルの「Burn」を歌ったりもした。余談ではあるが、何故か自分の声楽の先生にその事がバレて、音大でロックを歌うとは何事か!と烈火の如く叱責された事も今では良き思い出である。
ある日同級生から “この「誰も寝てはならぬ」歌ってるロック歌手知ってる?” と1枚のCDを手渡された。
バンド名はリング・オブ・ファイア、その1st.に収録されていた「誰も寝てはならぬ」という珠玉のオペラアリアを朗々と歌い上げるヴォーカリストの名は、
マーク・ボールズ
久しぶりに耳にした懐かしいその名前に、19年前、声楽を学んでいた私の心が躍った…
遡って、今から33年前の1986年、空前のメタルブームにより数々の有名なメタルバンドが来日した。
当時はチケット代も今よりも安かったし、なにより多感な思春期に、全盛期のホワイトスネイク、アイアンメイデン、ドッケンなど素晴らしバンドのパフォーマンスを観られたことはとても幸せなことで、今でもその感動は覚えている。
先にも触れたが、高校時代の私は四六時中メタル三昧だったが、当時は空前のバンドブームで、周りのみんなが聴くのは日本のポップスやパンクが主で、メタル好きの私としては正直肩身が狭かった。
学校の休み時間は懐かしのカセット・ウォークマンでメタルを聴きまくり、家に帰っても寝る間を惜しんでエレキギターを弾きまくった。因みにこの時のギターヒーローは、ランディ・ローズとマイケル・シェンカーだった。
今のように youtube やネットはないのでコピーは専ら耳だより、特にギターソロなど何度も同じフレーズを覚えて歌えるようになるまで、テープが伸びるまで何度も何度も聴いた。
おかげでこの時コピーしたソロは、今でも歌えてしまうほど覚えている。
これを読んでくださる皆さんもそれぞれ好みや拘りがあると思うが、好みはハッキリしていて、まず歌がメロディアスで、ギターソロもメロディアスであること、つまり旋律美が感じられる楽曲やバンドを好んで聴いていて、ブルースよりもクラシックをベースとしたバンドがお気に入りだった。
特にボーカルに関しては、ストライパーのマイケル・スウィートやTNTのトニー・ハーネルといった、マイルドで透明感のある声質の高音域もきちんと旋律を歌い上げるシンガーのバンドを好んで聴いていた。
ある日、学校で数少ないメタル友達が”とにかく凄いから” と貸してくれた一本のテープ、それがイングウェイの「マーチングアウト」だった。
その時の私が知っていたイングウェイの情報は、若干16歳で単身アメリカに渡ったスウェーデン出身の速弾きギタリストというくらいだったが、“やりたいことをやれ、しかも上手くやれ” というメタル雑誌のアンケートの一文が印象に残っている。
家に帰り、はやる気持ちを抑えてテープを再生、
しばし絶句…
凄い、とにかく凄い!
今まで聴いたことがないタイプのギターだった。
ヴァイオリンみたいな音色でどうやって弾いてるのかテープの音だけでは全く見当がつかず、めちゃくちゃ速く弾くクラシカルなギターフレーズが、めちゃくちゃカッコ良かった。
そしてその日から、マイギターヒーローにイングウェイ・マルムスティーンの名が加わり、その後まもなく、あの超絶シンガーに出会うこととなる。
とは言ってもTVを通じてだが…
当時毎週のように放送されていたMTVは、今のように手軽にタダで映像を観られない時代には大変貴重な情報源であり、たまにHM/HR特集が組まれていた際は、必ずビデオを録画予約をして繰り返し観たものだ。
僕にとっての「トリロジー」とのファーストコンタクトはスマッシュヒットとなった、
”You Don’t Remember I’ll Never Forget”
ノーカウントでギターリフが切り込み、パイプオルガンの音が応える、あの名曲である。
イングェイのギターも前作よりも更にメロディアスで耳に残るフレーズを奏でて、深く大きくかかるヴィヴラートは心の琴線を刺激してくれた。
だが何より一番の衝撃は、マーク・ボールズの歌声であった。
新しくバンドに加入した彼の凄まじい歌唱に完全にノックアウトされてしまった。
やはりボーカルは一番重要だ。いくらギターだけが凄くてもボーカルがダサいと聴く気も失せてしまう。
ボーカルは、バンドの’’顔” だからだ。
当時まだ新人だっだマークだったが、低音から超高音まで歌い上げるコントロールされたテクニックとイングヴェイの歌メロを再現できる驚愕のレンジの広さ、滑らかかつエモーショナルな声質、ナチュラルで的確なフレージング、ブロンドの長髪を振り乱し甘いルックスで熱唱する姿は、まだまだ計り知れないポテンシャルを感じさせてくれるには充分であったし当然、次回作もマークが歌うものと信じて楽しみで仕方が無かった。
だが我々にその勇姿を観せることなく、彼はバンドを去った。
伝説のアルバム「トリロジー」に大いなる痕跡を残して…
次に、声楽の観点から、マーク・ボールズの歌唱力に焦点を当ててみたい。
まず一般的な成人男性が、マークのあの高さの声は出ない。
メタルシンガーの中でも、あの高さの高い声で歌える歌手はあまりいない。これは才能としかいいようが無い。しかも単に出るだけでなく歌い上げることが出来るという事は、声をコントロール出来るということだ。
何故コントロール出来るのか?何故あの様に素晴らしい歌唱が可能なのか?
一言でいうならば、発声が良いからであろう。
無事是名馬(ぶじこれめいば)とは良く言ったもので、彼の発声が、彼自身のナチュラルな発声のシステムに則っており、若い頃と同じように歌えなくなる歌手もいるなかで、今も昔と変わらぬ歌が歌えることがその証拠であり、更にオペラアリアを歌うまでに進化している。
通常はある曲を歌うために、先生についてレッスンを受けて歌えるようになるために時間をかけて勉強するのであり、通常はいきなりこのような大曲を歌うような事はまず無く、初めは簡単な歌曲から徐々にスケールの大きな曲へ、というのが定石である。
また数あるテノールのアリアでも、特に「誰も寝てはならぬ」というアリアは最後に最大限のパワーと響きと輝きが要求される難曲であり、ただ単に音の高さが達していれば良いというものではない。
この曲は練習したから誰でもが歌える曲では無いのだ。
まずその高さの声が出ないと話にならない。その点はマークは難なくクリアしているものの、そのオペラアリアを独学で勉強してレッスン無しに歌えるというのは、やはり単なるメタルシンガーの域を超えているのである。
次に表現力、フレージングセンスについてはどうだろう?
純然たるクラシックの歌手と比較した場合、マイクの有無という違いはあるものの、マークの凄さはメタルもオペラアリアもそれぞれのスタイルで歌い、充分聴衆に聴かせられるということである。
逆にクラシック歌手がユードントリメンバーやセブンスサインを違和感なく歌えるか想像してもらいたい。
声は立派に出たとしても、曲に相応しい歌い回しで歌えるだろうか?曲のイメージを表現出来るだろうか?
つまり歌を歌うということは単に音の高さが出れば良いわけではなく、その楽曲が持つスタイルを表現することなのである。
それゆえいかに、マーク・ボールズのシンガーとしての能力が優れているか、お判りいただけるであろう。
マークのポテンシャルを最大限に発揮してくれるのはイングェイが書いた楽曲であり、イングヴェイのアルバムの中で最も北欧のリリシズムと様式美然としたアルバムが「トリロジー」ではないかと思う。
イングェイの強烈なギターとマークの強力なボーカルがケミストリーを起こし、あそこまで素晴らしいアルバムを世に送り出したものの、来日は幻の終わり、たくさんのファンが落胆した。
長年ファンの皆さんが半ば諦めとともに抱きつづけた想い
トリロジーのアルバムを歌うマーク・ボールズを観たかった…
だが遂に今年、その夢が実現する
トリロジーのアルバムを歌うマーク・ボールズを観られる!
しかもギタリストは超絶ギタリスト、ケリー・サイモン氏。
常に奏でる旋律に人生の全てを捧げているケリー氏が渾身の想いを持って挑まれるこのプロジェクトは、必ずや我々の想像を超えるものになるに違いない!
これまでもコンサートやセミナーを通じて、常にイングヴェイの楽曲を尊敬の念を持って弾いてこられたケリー氏のギタープレイと、マークの歌のケミストリーにより、きっと我々の知る「トリロジー」以上のものが生まれるに違いない!
灼熱のエナジーとともに、我々を歓喜の渦に巻き込んでくれるに違いない!
卓越した技術がと迸る情熱がぶつかり合い、炎の柱へと昇華する瞬間を感じていただきたい!
マーク・ボールズ × トリロジー × ケリー・サイモン=
2019年5月、是非ともその答えを、新たな伝説の始まりを、皆の目で見届けたい。